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本 DNB.B ドラムンベース・ブログ [Drum & Bass Blog]

2009年〜2011年までの海外ドラムンベース情報をお届けしていたブログです。

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「音楽から解き放たれるために 20世紀のサウンド・リサイクル」を読んで新年の抱負

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というわけでお正月に、原雅明氏の「音楽から解き放たれるために 20世紀のサウンド・リサイクル」を読みました。日本の音楽シーンが抱える問題を明らかにし、LAの音楽シーンでみつけたヒントから、ひとつの方向性を示しています。新年早々、まじめな話で恐縮ですが、詳しくは以下の通り。
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原雅明氏といえば、音楽ライターとして数多くの雑誌に寄稿し、2005年からはレーベルdisques cordeの運営も手掛け、90年代半ばからアンダーグランドの音楽シーンを支えた1人です。昨年11月、そんな約15年間の活動を通して「現場で感じてきたこと」を1冊の本にしました。内容は、現在の音楽業界へ捧げた書き下ろしと、これまで原氏が雑誌に発表された原稿及び日本盤付属のライナーノーツをまとめたものとなっています。書籍として非常に完成度が高いのですが、ここでは特に書き下ろしの部分を中心に見ていきたいと思います。
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まず原氏は、現在の音楽業界がおかれた状況を「無邪気に楽観的なことを書く気にはとてもなれない」ということで、厳しい言葉で的確に捉えています。

・2000年前後に音楽の更新を求める動きは飽和し、結果その動き自体が失われた。
・アルバムを前提とした90年代的な消費文化が終焉した。
・音楽雑誌は、廃刊するか、大半が広告出向で成り立つ媒体となった。
・iTunes Storeをはじめとする曲単位の流通が発達し、音楽再生環境が変化した。
・DAWソフトの進化で、既視感のある音楽が氾濫した。
・返って日本の音楽だけで満足してしまう環境へ収束した。
・他方で、再販のマーケットが活性化し、旧譜中心の状況へと変化した。

新しい音楽を求めすぎた結果、探究心自体が失われたというのは皮肉なことですが、個人的にも実感としてあります。次から次へと新しい言葉がつくられ、新しいジャンルとして紹介された音楽は、もちろん良かったものもありますが、次第に辟易して、やがて期待することをやめてしまったように思います。しかしながら、結果的には本書のいうように、日本の音楽だけに満足することはなく、また過去のアーカイヴとだけ向き合うようにはなりませんでした。それはドラムンベースに出会ったからではないかと思っています。
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青臭い話をするつもりはないのですがw、ドラムンベースに限った話ではなく、ベースとする音楽がある方は皆さんそうだったのではないかと思います。前述の通り劇的な変化が起こったにもかかわらず、消費されていくことに耐え、期待が持てなくなっても、まだ聴き続けることができたのは、そうした音楽に出会えたからではないかと。音楽がつかんで放さなかったから、踏み止まれたのではないかと思うのです。そして、そうした音楽体験は、本書で展開される「音楽から解き放たれるために」必要な「サウンド」の話にリンクする気がします。

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原氏は、音楽の新しさが「単に楽曲のフォームやスタイルの新しさを指す時代はもう終わった」として、それでも音楽に聴き続ける価値があるのは「サウンド」があるからだとしています。原氏のいう「サウンド」とはどんなものなのか、以下のように定義しています。

もっと生々しく立ち現われて、さまざまさ人の元へと伝わり、再生と複製とを繰り返し、ときに解体もなされ、やがてはリサイクルされて、再び立ち現れてくる、そういったサイクルに放り出されてもなお存在しつつける音

「サウンド」と聞くといわゆる音響的な部分を意識して聴いた時にグッときた音のことかな?と思うわけですが、「音響的な音楽作品を聴く際に意識された音そのものへの興味」だけでなく、すべての音楽の「背後に広がっているサウンドの広大な世界」から「何かを選び取る感覚」よって残っていく音、それが「サウンド」のようです。そして、こうした「サウンド」を甦らせることで、新しい音楽を求める強迫観念から解き放ってくれるはずだとしています。ドラムンベースが好きな方は、この「サウンド」概念に共鳴するのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。



さらに原氏はこの「サウンド」を「リサイクル」していく為に、これから何をすべきか、LAのシーンで見たことをもとに提案しています。LAでは過去の音源を集めるだけではなく、使い倒し、再び新しい音楽として市場へ戻すことの意義を理解し、実践しているとのことです。さらに「リサイクル」されるのは音源だけでなく、人的財産の発掘も同時に行われ、「世代を跨ぐ教育的な視点」を育み、音楽がコミュニティを活性化させているようです。LAについてさらに詳しい話や、その理念に基づいて行われたイベント「into infinity」についてはこちらもご参照ください。興味深いのが、現代は、「ある種のコミュニティの力、ローカリティの力」が音楽の創造に必要だといっていることで、こうした過去の音源、人材の掘り起こし、そしてリサイクルが、コミュニティ形成につながれば、それは新しいシーンとなり、社会における音楽の役割を再認識できるかもしれませんね。KRUSTもこれに近いことをいっていました!

長々と書いてきたわけですが、新しい音楽に挑戦することはもちろん重要だと思いますが、過度に求め絶対的な価値基準になってしまうと疲弊してしまいますね。新しい音楽ではなく、新しいシーンを創るという考えはとても魅力的で、これは音楽に留まる話ではないと思います。というわけで今年も音楽を聴き続けていきたいなと、改めて思いました。そんな感じで本年もよろしくお願いします!
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[ 2010/01/05 00:32 ] | TB(0) | CM(0)

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